谷良一『M-1始めました。』の私・吉村誠に関する記述について、提訴→和解しました
2023年 11 月に東洋経済新報社が刊行した谷良一・著『M-1 はじめました。』について、私・吉村誠は「同書中における私についての記述は事実を大きく歪めており、私の名誉を著しく毀損するものである」として、大阪地方裁判所に出版停止の仮処分と名誉棄損への謝罪を求めて提訴しました。
結果、2024 年 6 月 4 日より向こう 1 年間、東洋経済新報社がその HP に「謝罪文」を掲載することを以て「和解」が成立しました。

【裁判の経緯】
同書の刊行後、知人から「本の中で、吉村さんはとても悪い人間だ、と書かれている」との連絡があり、同書を購入して読みました。
すると、2001 年当時に朝日放送大阪本社テレビ制作部長をしていた私が
①11 月のある日に谷氏を呼びつけて、審査員選定作業の遅れについて恫喝まがいの発言をしたとの記述や、
②テレビ番組『M-1 グランプリ』の立ち上げにおいて何ら能動的な役割を果たしていないのに、現在は大学教員として学生たちに自分の功績を吹聴している
等の記述がありました。
これらの記述は事実と異なり、著しく私の名誉を毀損する叙述であると考え、2024 年 1 月、大阪地方裁判所に「名誉棄損であることを理由に、出版差し止めの仮処分を求める」との申立てをしました。
審理の過程では、私から見た「テレビ番組『M-1 グランプリ』創設の経緯と事実」を陳述書に記し、複数の関係者からの陳述書を裁判所に提出しました。
陳述書を提出してくれた方々は、
・私の前任の朝日放送テレビ制作部長を務めた松本修氏(朝日放送を代表するテレビ番組『探偵!ナイトスクープ』の企画発案者で、長きにわたって同番組のプロデューサーを務めている)や、
・2001 年当時朝日放送編成制作局長を務めた桑原弘之氏や、
・朝日放送テレビ編成部員を経験した小竹哲氏(現・演劇評論家)や、
・かつて吉本興業制作部次長として谷良一氏の上職を務めた佐敷慎次氏らです。
申立書と陳述書による書面審理は 1 月から 5 月まで、ひと月に一度ほどの間隔で開かれ、私はその都度裁判所に通いました。利害関係人として裁判に参加した谷氏は一度も姿を見せませんでした。
裁判官から
「23 年前の出来事であり、個々の事実認定をしようと思うと相当長い時間がかかります。
早く名誉回復を図るなら、同書の記憶が読者にあるうちに出版社からの謝罪文を掲載する方がよいのでは。
大手出版社が謝罪文を掲載することは大きな意味を持っています。」
との勧めがあり、それを受けて、和解を受けいれました。
この間、東洋経済新報社におかれては真摯に対応していただいたと思っています。
結果として、別掲のように東洋経済新報社は社の HP に、
「このような事態になったことについて遺憾に思っている」や
「著者からは『Y さん』が朝日放送の番組制作部の責任者という形で M-1 グランプリのテレビ番組の制作に携わられたことを否定するつもりはなかった」や
「申し訳なく思っていると聞いています」
との文言が入った「謝罪文」を掲載されるに至ったことは、根本において私の主張が認められたものと認識しています。
【私から見た、テレビ番組『M-1グランプリ』創生の真実】
テレビ番組『M-1 グランプリ』は朝日放送テレビ制作部が主導し、制作担当部署として責任を持って制作された番組です。
私はテレビ制作部長として「M-1 グランプリ」の統括責任者を務めました。
朝日放送が 2001 年の年末特番として全国ネットの『『M-1 グランプリ』を作ることを決めたのは、2001 年 8 月 6 日に社内で開かれた「局間会議」においてです。
編成制作局(編成部+テレビ制作部+番組企画部)とテレビ営業局とが会した、この日の「局間会議」において、テレビ制作部長である私・吉村が「今年の年末特番として『M-1 グランプリ』なる漫才コンテスト番組を作りたい」と発議し、討議の後に営業局と編成部からの同意を得て機関決定されました。
このことは、当日の会議で責任者を務めた編成制作局長の桑原弘之氏が陳述書で明言してくれました。
谷氏が同書中で「朝日放送は編成部主導で」と書いているのは、明らかな事実誤認です。
同日のうちに、番組制作上の実務責任者としてテレビ制作部員である市川寿憲氏をチーフプロデューサーに任命し、その夜に、吉本興業制作部次長の佐敷慎次氏と谷氏に面談して朝日放送としての決定を伝えました。
谷氏はこの日の面談を否定していますが、冷厳な事実として当時の谷氏には吉本興業制作部を代表する職能はなく、佐敷氏の同席がなければ朝日放送から吉本興業への社間連絡は成立しませんでした。
この日以降、9月に入って地方予選が始まると配下のテレビ制作部員を審査員として配置し、最終的な 12 月 25 日の放送当日には配下のテレビ制作部員約 10 名を大阪本社スタジオや東京砧のレモンスタジオや札幌や福岡や大阪難波などに配置しました。
これらは私の責任と権限においてなされた勤務配置であり、この間の作業の大変さについては私の前任者としてテレビ制作部長を務めており、2001 年時には編成制作局の局次長プロデューサーであった松本修氏(テレビ番組『探偵!ナイトスクープ』の企画発案者)が陳述書で証言してくれました。
谷氏は、島田紳助氏が発案した「M-1」をイベントとして構築するにあたり多大な功労をなした方で、そのことは私もかねてより評価しているのですが、テレビ番組を創設するにはイベント制作とは異質の労力が要るものなのです。
それは放送局が「電波」という国民共有の財産を政府の許認可の元に使用する事業者だからです。「電波」は、放送局の一社員が単独で、まして興行会社の一社員が個人の意思で行使できる類のものではありません。
上記の理由からして、谷氏が同書に書いたように、私が 2001 年の 11 月の時点で「番組のタイトルも知らないのだろうか」とか「中身については何も知らないようだった」とかはあり得ない話です。
【無断引用された学生ブログについて】
谷氏は、私が教えている大学の学生ブログを部分引用して
「その大学の学生サイトのネット記事を見て驚いた。なんと、自分の一番の功績は M-1 を作ったことだと学生に吹聴しているらしい。笑ってしまった。」
と書いていますが、元のインタビューにはそのような内容の記載は一切ありません。
その学生ブログは 2021 年 12 月に掲載された私へのインタビューで、A4 用紙にして 16 ページあります。
その内容は『「生活言語コミュニケーション」という講義を担当している私への教員インタビューで、私の授業がソシュール言語学とミシェル・フーコーの社会言語学を基本としており、実務家教員として仕事の経験をからませ「ことば」を使って表現を産み出すことについて語ったものです。
その学生ブログには、
「当ブログのコンテンツである事を明記して頂ければ、ご利用にあたって管理人の許可を得る必要はありません。常識の範囲内でご自由にお使いいただければと思います。」
という注意書きがしてあります。
それにも関わらず、谷氏は出典を明記せず、かつブログに記載されていることとは全く異なることを私が発言したように書きました。
谷氏の記述からネットで検索するとこの学生ブログが出て、「制作部長のY氏」が私・吉村とすぐに同定できます。
学生からすれば、大学の魅力を伝えようという本来の目的とは異なる形で自分の文責を利用されてしまったことになりました。
これは学生の表現実践経験を傷付ける行為であり、私が大阪地裁に申立てをした大きな動機になりました。
谷氏が、イベント「M-1」の土台構築に尽力されたのは事実ですし、テレビ番組『M-1 グランプリ』創出に取り組まれたことを自賛される気持ちは理解できます。
ですが、それは他者を貶めてまですることではないだろう、と私は思っています。
東洋経済新報社にはこの思いを汲んでいただき、感謝します。