2019冬ドラマから見える、テレビ制作者の「表現者の志」
今年の冬ドラマが、第4話~第5話を終えたところで、私なりの作品評をしてみます。
作り手としての「裏事情」をも読み取りながら、です。
そこから、サラリーマンでありながらも「テレビドラマ」という「表現作品」に取り組んでいるテレビマン達の「表現者としての志」を汲みたい、と思いつつ。
今期見逃せないドラマ
今期のドラマで、作り手のチャレンジ精神を、私が感じることができるドラマは、
の二つ、だけです。
この二つ以外は、既成の「刑事もの」と「弁護士もの」の焼き直しです。
これに「医療もの」を加えれば、作今の日本のテレビドラマのほとんどが分類できてしまいます。つまりは、それほど、現在の日本のテレビドラマは狭い領域の題材しか扱えていない、ということです。
私たちの暮らしや仕事の中には、もっとたくさんの様態があり、社会の深部にはもっと大きな思潮があるのに、です。
かつて、視聴率30%や40%を取っていた「ドラマ」という表現形式が、最近ではせいぜい10%前後の視聴率しか取れなくなっている最大の理由はここにある、と私は考えています。つまりは、ドラマの作り手達が「社会の表層の一部分」しか捕えられてない、のだと思います。だから「ドラマ」が弱くなったのです。
テレビ朝日
さて、そんな流れの中で民放各局のドラマのラインナップを並べてみると、色々なことが透けて見えてきます。
まずは、
・水曜ドラマ『相棒』
・木曜ドラマ『刑事ゼロ』
・木曜ドラマ『ハケン占い師 アタル』
『相棒』は、さすが刑事バディ物の老舗で、ドラマの出来映えレベルが高く安定しており、視聴率も15%前後と、民放ドラマの中では最も高い数字です。
『刑事ゼロ』
これは、木曜の20時の「木曜ミステリー」枠。
あの沢口靖子の『科捜研の女』を放送している枠で、制作は東映京都のスタッフ。で、明らかに『科捜研の女』を見てきた視聴者層を狙って、設定場所は京都府警で、ドラマの中には鴨川や木屋町など、京都ならではの観光名所の景色が盛りだくさん。
舞台が京都であるにも拘わらず、出演者の刑事は「こんなんじゃ納得いかねえなぁ」と言い、地元の高校生は「だって僕のだもん、わけわかんないよ」と完全な「東京弁」言語的リアリティはゼロなのですが、視聴率は10%超えで安定。
『アタル』のチャレンジを可能にしたもの
で、3枠ある中で、二つのドラマが一定の視聴率を取っているからこそ、実は『ハケン占い師 アタル』という新しいチャレンジが成立してるんですね。
視聴率とは、テレビというビジネスの世界では売上としてのCM料金を決めるための 指標ですから、3枠のうち2枠が安定していれば冒険が可能になります。
そこで新しいものを試してみて次世代のドラマの可能性を探る、という循環トライが上手くいってるところが、最近のテレビ朝日ドラマ好調の理由です。
ちなみに、『ハケン占い師アタル』の担当Pである山田兼司は、「刑事ものや医療ものであれば解決する対象も事件や病気でわかりやすい。しかし『働くことの悩み』は切実だがわかりやすい解決策がない。だからこそドラマで描くにふさわしいと脚本の遊川和彦さんと挑戦した」と語っています(朝日新聞ラテ欄「撮影5分前」より)。
遊川和彦が第1話・第2話を自ら演出したことも、意欲の表れだと見取れます。
主演・杉咲花の、耳を隠したボブカットと大きな瞳を活かしたキャラクター設定、そして45分過ぎの「自己啓発風の分析説教」は、現代日本の産業社会や若者像に対して軽いけれども的確なジャブであることは確かです。
テレビ朝日の「松本清張ドラマ」
さて、テレビ朝日のドラマを考える際に忘れてはならないのは、「松本清張ドラマ」の存在です。おりしも、2月3日(日)にスペシャルドラマとして、『疑惑』が放送されました。
今回の『疑惑』は、ドラマの出来としては決して良くはありませんでした。
米倉涼子の演技はステレオタイプの大仰さが目立ち、黒木華の不気味さあふれる怪演や、余貴美子の落ち着いた演技のほうが勝っていました。
遠藤憲一のナレーションも、語り手の人称と立場が不明でよくわからず、住友紀人の音楽も変にリズミカルで、内容とはミスマッチでした。
ですが、1990年代にテレビ朝日のドラマが低調で、当時は絶頂にあったフジテレビのドラマ路線の二番煎じや三番煎じを続けていた中で、テレビ朝日ドラマがやっと独自の路線を作ることができたのは「松本清張ドラマ」のおかげだったのです。
それは、『月9』に代表されるようにフジテレビのドラマが、高度経済成長の成果としての「都会生活者の軽やかな夢」を描き続けたのに対し、結抗できるドラマツルギーとして「過去を背負った犯罪者の心理」という「松本清張の生活リアリティ」を見出したところにあるのです。
このメルクマールが、2004年の米倉涼子主演の『黒革の手帖』です。
これを成立させたプロデューサーとして、テレビ朝日の内山聖子・五十嵐文郎の二人を私は高く評価するものです。
経済成長の余韻の奥で進行していた階層化や格差化という「不満の社会心理」を、「松本清張ドラマ」は原作の時代設定を変えてゆくことで、あぶり出してゆきました。その影響は現在の「刑事もの」や「弁護士もの」ドラマに確実に引き継がれています。
ドラマの新しいトレンドを作る、とはこういうこと、なのです。
ドラマの作り手達が時代や社会をどう捉えるか、が新しいものを産み出す源なのです。
フジテレビ
これと対照的なのが現在のフジテレビのドラマです。
・月9『トレース~科捜研の男~』
・火曜ドラマ『後妻業』
『トレース~科捜研の男~』
おそらく局内で、編成主導で作られたドラマだと推測されますが、どんな狙いがあるにせよ、このタイトルはないでしょう。
かつては見下ろす対象だったテレビ朝日のドラマタイトル『科捜研の女』をもじるなんて。このタイトル付けは、きっとフジテレビ局内のドラマ制作者達の士気とプライドを限りなく傷つけていることと思います。おそらく屈辱感すら抱いているでしょう。
目先獲得した10%の視聴率に対して、失ったもの大きさに気付く日は遠くはない、と思います。
制作に「大映テレビ」が入っていることにも驚きました。
これも、おそらく編成からの発注だと推測されますが、「大映テレビ」と言えば「赤い霊柩車」などの「赤シリーズ」で有名な特色ある制作会社です。
かつての「月9」は、当然のことながらフジテレビの社員スタッフが制作・演出をし切磋琢磨しながら自社ブランドを築き上げて誇った枠です。
その枠を外部発注してしまったら社内の制作者・演出者たちの立場がありません。
もはやフジテレビの社内では編成・営業と制作とに信頼関係はない、のだと思わざるを得ません。
「月9」が消滅する日は近いのかも、と思いました。
『スキャンダル弁護士~Queen』
目先の視聴率を取りに行こうと、竹内結子と水川あさみをキャスティングしたものの中途はんぱなコミカルさと事件解決時のシリアスさがちぐはぐで番組内分裂してます。
低視聴率が続いて苦しい時こそ、新しいドラマ作りにチャレンジして次の時代を引っぱるようなものを探り当てなければならないのですが、現在のフジにはもはやその余裕がない、と見取れます。悪循環の連鎖ですね。
『風のガーデン』の宮本理江子や、『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』の並木道子など、社会の深部に手を入れようとしたドラマの作り手がまだフジに居ることを高く評価しているのですが、フジ社内ではそういった試行が認められていないのでしょうね。
『後妻業』
木村佳乃は熱演してるのですが、映画の軽妙な味には至らず。
その理由は、本来なら極悪非道な犯罪物語であるところを、黒川博行の小説は悪女の憎めないひょうきんさや、探偵役たちの滑稽さを救いとして軽やかなクライムノベルにしているのに、このドラマでは「愛情不足の生い立ち」などといった陳腐な理由設定を持ちだして、中途はんぱに深刻な犯罪ものにしてしまったこと。
どうせなら、救いようないけど天性の可愛い悪女にすればドラマならではの新しさが出せたのに、そこまでの覚悟はなかったのかな。
とは言え、フジテレビのドラマが目先の安全策ばかりを追いかけている中で、関西テレビのこの枠は、いつも独自の方向性を追っているところは評価すべき。
日本テレビ
続いては日本テレビ。
・水曜ドラマ『家売るオンナの逆襲』
・日曜ドラマ『3年A組~今日から皆さんは人質です』
『家売るオンナの逆襲』、北川景子・主演の『家売るオンナ』のシリーズもの、での安定路線。
『イノセンス』
これは、古家和尚(ふるやかずなお)の脚本を、『金田一少年の事件簿』や『ハケンの品格』の南雲聖一が演出。
南雲の演出はさすがに手馴れており、安心して見れる「弁護士もの」ですが、作中で「日本の刑事裁判は100%近くが有罪になります」というセリフは、本来なら「99%が有罪になります」と言うべきところですよね。それを、先行したTBSの松本潤主演の『99.9~刑事専門弁護士』を意識したのか「100%近く」と言わせなければいけない、というところに制作者の忸怩たる内心を感じてしまいます。
心ある作り手は決して「二番煎じ」を望んでやってる訳ではないんですよね。
『3年A組』への期待
さて、テレビ朝日ドラマの場合と同様で、全体視聴率の好調とドラマ2枠の安定のおかげで、日本テレビも新しいドラマにチャレンジ出来る機会を得ています。
それが今期では、『3年A組~今日から皆さんは人質です』です。
CP・西憲彦で、脚本・武藤将吾、チーフ演出は『校閲ガール』の小室直子。
高校卒業を控えた29人の生徒を、担任教師が人質にして教室に閉じこめ、ある女子生徒の自殺の理由を探してゆく、という設定の学園ミステリー。
菅田将暉の迫力ある演技に引っ張られて第6話まで見ました。
さて、制作者たちが突きたいものは何なのか、「スクールカーストに象徴される学校社会の実態」「SNSに振り回される情報社会の実態」「無責任な教育者たち」「いかにもらしく他人事の解説をするマスメディアと有名人」――現実に起こっている出来ごととのリンクも多く、興味ある展開が今のところは続いています。
ただ、この手のドラマは最終的な帰結点がもっとも大事で、これまでに何度も見たことのあるような「浅はかなヒューマニズム的帰着」に収束されないことを願っています。
TBSドラマ
・火曜ドラマ『初めて恋をした日に読む話』
・金曜ドラマ『メゾン・ド・ポリス』
・日曜劇場『グッドワイフ』
『初めて恋をした日に読む話』
既に出来上がっている「深田恭子」という女優のイメ-ジだけに拠りかかったドラマ作りに新鮮味は皆無です。新人ディレクターの訓練場としての役割はあるかもしれませんが。
『メゾン・ド・ポリス』
「刑事もの」の変種ですが、面白く仕上がっています。
退職警察官が住むシェアハウスを舞台に、高畑充希の演じる若手女性刑事が事件を解明してゆくストーリー。
何といっても、西島秀俊や小日向文世や角野卓造や近藤正臣など元・刑事の演技のアンサンブルが良い。野口五郎も好演。
「共テレ」は、元来フジテレビ傘下の制作会社なのですが、星田良子という優れたプロデューサー演出家がいて、その配下として育った佐藤祐市や河野圭太という優秀な作り手たちがいる会社です。
主演女優が可愛く見える、ということはドラマ作りがうまくいってる、ということの一つの指標です。
『グッドワイフ』
「弁護士もの」とは言いながら、さすがアメリカのヒットドラマを下敷きにしているだけあって、レベルが高いです。
ミステリーの基礎がしっかりしています。エリート検事である夫が巻きこまれた事件の解明を連続ドラマの縦軸にして、毎回起こる1話完結の事件の解明を横軸にする、という構成は近頃はやりのパターンですが、上手く興味をつないでます。
チーフ演出は『Nのために』『アンナチュラル』を手がけた塚原あゆ子。
TBSは、福沢克雄チームが手掛けた『半沢直樹』で42%の視聴率を取ったことにより、決して若い人気男優や人気女優のキャスティングだけがドラマ作りの重要な要素ではないことに気がつきました。今回の常盤貴子主演も、その流れにあるトライだと思います。
今回は視聴率的にはヒットにはなりませんでしたが、こういう試みを続けることは必ず次につながります。
最後に
「テレビドラマ」という表現形式でも、社会事象の奥に潜んでいる「社会意識」や「大衆意識」をしっかりと捕えたものは、30%や40%という高い視聴率を今でも取れるのです。
多くのテレビマンたちに期待します。
さて、今回は民放ドラマだけを論評しましたが、ここ数年NHKの「地域発ドラマ」に、テレビドラマの将来を感じさせるものが幾つかあります。
それについては改めて論じたいと思っています。