吉村誠ブログ「いとをかし」

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今問われる「弁護士の倫理」―日本ボクシング連盟、日本大学の問題

日大アメフト部の問題から、今度は日本ボクシング連盟の問題へと、週刊誌とワイドショーの話題はつきないですね。

二つの問題を通して、実は大きく問われているのが「弁護士の倫理」だ、ということを言いたい、と僕は思うのです。

 

 

弁護士の倫理とは

弁護士法の第一条は、「弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする」という文章から始まっています。

しかし、世間の多くの人が気付いているように、「弁護士」は決して正義の味方ではありません。

それどころか、多くの弁護士は「経営者側」や「権力者側」からの依頼を受けて、「依頼人の利益のために」という名目のもとに、社会正義に反することを堂々とやっています。

このことを僕は過去に身をもって体験しました。

 

僕が刑事告発したとき

4年前に僕は、とある私立大学の専任教員でしたが、大学理事会の教学現場を全く無視した運営と、理事長の給与不正受給と公私混同の経費使用などに異を唱えて、教職員組合を立ち上げると同時に、理事長を「業務上横領・背任罪」で刑事告発しました。

もちろん刑事告発の前後に、文部科学省の高等教育局へは再三訴えていますが、結果として指導すらありませんでした。

その時に、弱者である僕たちの味方になってくれたのは、ほんとうにひとにぎりの良心的な弁護士だけでした。

権力を握っている理事長と理事会は一体化して、潤沢な金を使って「大手弁護士事務所」を抱え込んでいました。

たしかに「弁護士」も商売ですから、僕たちのような金のない依頼者よりは、「カネとヒト」を握っている強者の側につく方が、ビジネスとしておいしい、ですよね。

しかし、その頃の僕は「弁護士法・第一条」に、まだささやかな期待を抱いていたのです。

結果、その期待は見事に裏切られ、僕たちは大学理事会お抱えの「大手弁護士事務所」側のあきれるほどの厚顔無恥な論理を相手に格闘をよぎなくされました。

最終的には、味方になってくれた弁護士さんのおかげもあり、教員の不当解雇をめぐる民事訴訟では完全に勝ったのですが、刑事告発の方は「証拠不十分につき不起訴」で終わりました。

 

刑事告発してわかったこと

こういった経験を通してよくわかったこと、それは、

①独裁的権力者には、追随しておこぼれにあずかる卑劣な人間が必ず群がる

②上級官庁である文部科学省は、強者たる権力者側の味方である

③弁護士の多くも、強者たる権力者につくことによって利益を得ている

と、いうことでした。

 

この観点から、今回の「日本ボクシング連盟」の問題と、「日本大学」の問題を見てみます。

 

刑事告発でしか収束できない「日本ボクシング連盟」問題

絶対権力者たる山根会長の側近として、吉森照夫という弁護士が専務理事の地位にいることが明らかになりました。

ああいう人が、司法試験に合格して、エスタブリッシュメントと呼ばれる「弁護士」さんなのです。

メディアでの言動で一目瞭然のように、吉森氏は、山根氏の絶大なる権力の行使に加担していたと推測できます。

権力とは、具体的には「カネ」と「ヒト」です。金銭差配権と人事権です。

もう一人、「カネ」を動かしていた人間として、内海祥子という常務理事の存在が明らかになっています。

山根氏や吉森氏や内海氏の行っていたことは、最終的には「刑事告発」でしか収束できない、と思います。

 

刑事告発の難しさ

警察や検察という司直の手を入れるしか、全容の解明には至りません。

しかし、たとえば「業務上横領」や「背任」を問うには、まず告訴の主体が「社団法人・日本ボクシング連盟」であること、あるいはその構成員であること、が前提となります。つまり、「一般社団法人日本ボクシング連盟」自らが、自らの組織体に損害を与えたとして「山根氏・吉森氏・内海氏」を訴える、という形式を取らなければならないのです。

現体制を改めたいと思っている現役の理事が一人でもいれば出来るのですが、山根氏の追随者ばかりの現状ではとうてい無理でしょう。

したがって、この「刑事告発」は、山根氏の取り巻きばかりで形成されている現在の理事会を一掃した後でないと出来ません。

おそらく、「再興する会」の人たちと、その側の弁護士は、そこまで考えているでしょう。

 

それと、「業務上横領」や「背任」を立件するためには、それを証拠立てるための「内部資料」が必要となります。

今は、出納簿や出入金伝票などの内部資料はすべて現執行部が握っているわけで、「再興する会」の人たちが出す資料はまだ傍証にしかすぎません。

こういう場合、経理担当者など内部の人間に現体制に批判的な情報提供者が居れば、犯罪を立証するに足る資料が集まります。

 

僕の場合、段ボール箱に3つ分の資料をそろえて検察官に出しましたが、それでも「嫌疑は充分」だが「証拠が不充分」と言われました。

 

権力は悪ではないが……

ドイツ・ファシズムを分析した有名な哲学者にハンナ・アーレントが居ます。

彼女は、あのアイヒマン裁判の過程において、ドイツ・ファシズムを支えて遂行した者たちの多くが「特別な悪人」ではなく、「権力に追随して思考停止した、ふつうの人間」であった、ことを明らかにしました。

 

「権力」そのものは、善でも悪でもありません。

「権力」は、組織体や社会を運営するのに必要な機能なのです。

悪いのは「権力の悪用」であって、「権力」を行使するに際して、それが必要な「運用」なのか、社会正義に反する「悪用」なのかを判断して導くことこそが、「選良たる弁護士」の使命だと、僕は思うのです。

しかし、残念ながら、現在の日本の弁護士たちに、この「弁護士の倫理観」を持っている人間は少ない、と言わざるを得ません。

 

日本大学」には、顧問弁護士だけでなく、弁護士資格を持つ多くの法学部教授がいます。

日本ボクシング協会」には、弁護士である吉森照夫氏がいます。

彼らの「社会正義と倫理観」はどこへ行ったのでしょうか。

彼らは、今こそ「弁護士法・第一条」の精神に立ち返るべき、だと思います。

 

ゴシップ・スキャンダルは「権力への抵抗」

僕は、決してゴシップとスキャンダルは好きではありません。

しかし、「弁護士」や「高級官僚」などのエスタブリッシュメントが社会正義を忘れて私益に走っている時には、スキャンダリズムは権力を持たない民衆にとって「権力への抵抗」の意義を有します。

週刊文春」や「週刊新潮」や「テレビのワイドショー」が、これだけ活況を呈しているということは、そのぶんだけ、日本の選良たちが倫理観を喪失していることの裏返しに他ならない、と僕は思うのです。