吉村誠ブログ「いとをかし」

元朝日放送プロデューサーで元宝塚芸術大学教授の吉村が、いろいろ書きます。

オウム事件とマスコミの報道責任について―今、もう一度、自己批判が必要ではないのか

今日、7月6日(金)に、麻原彰晃こと松本智津夫オウム真理教の元幹部7人の死刑が執行されたことが大きなニュースとして、新聞やテレビで報じられた。

それらの報道は、概して「この事件を風化させてはならない」とか、「二度とこのような事件を起こしてはいけない」などの文言で締めくくられているが、肝心なことが抜け落ちている。

それは、オウム真理教事件を伝えたマスコミ」の自己批評である。

 

オウム事件とマスコミ

オウム真理教事件」で、最も「風化させてはならない」のは、新聞・テレビといったマスメディアの反省である、と私は考えている。

それは、地下鉄サリン事件が起きた1995年時点において、大阪の民放テレビ局で情報番組のプロデューサーを担当しており、東京から発信される情報を受けて放送を続けていた私自身の経験と反省につながっているからだ。

 

しかしながら、今日の新聞各紙の夕刊や、テレビのニュース番組や情報番組を見ている限りにおいて、「マスコミの責任」について触れたものは全く無かった。

(もし、私が見逃した新聞やテレビ番組で「マスコミの責任」について発言したものがあったなら、是非教えていただきたい)

在京テレビ局の中では、フジテレビだけが夜8時から10時の「金曜プレミアム」枠で放送予定の内容を変更して、『緊急スペシャル 教祖麻原ら7人死刑執行 日本が震えたオウム事件の“真相”』を放送した。

内容は、一連の事件の時系列的な確認ではあったが、特番を組んで放送したという点においては評価すべきだと思う。

 

今年の3月に、東京拘置所に収容されていた13人の死刑囚のうち7人が全国5か所の拘置所に移送された時点で、死刑の執行が近日中に行われるであろうことはマスコミ人なら誰もが予想できることだ。

つまり、各テレビ局では、その日に向けて素材映像の編集は既に仕上がっていたはずだ。

 

であるからこそ、本来なら、どこの局よりも先駆けて「オウム特番」を放送しなければならないのはTBSであるはずだ。

なぜなら、オウム真理教事件」に関してTBSは、他のどの局よりも重い放送責任と罪を背負っているからだ。

 

TBSは責任を忘れてはいけない

と言うのは、「オウム真理教事件」が「平成最大の事件」であると同様に、「オウム真理教事件でのTBSの対応」が「平成最大のテレビマスコミの罪」であるからだ。

 

オウム真理教の犯した事件について知らない若い世代の視聴者も多い。また、TBSの犯した事件を知らずに働いている若いテレビマンも多い。

そのためにも、この「TBS事件」については「風化させることなく」語り続けなければならない、と思う。

 

それは、マスコミがオウム真理教について報道を始めた平成元年(1989年)に起った。

教祖麻原彰晃のインタビューを撮ったTBSの取材陣に対し、オウム幹部が放送前に内容確認を要求し、TBSスタッフはそれに応じて編集テープを見せ、更にはオウムを追求していた坂本弁護士のインタビューテープも見せたのである。

そして、オウム幹部らによる抗議に応じて放送を中止したのである。

それから10日後の1989年11月に坂本弁護士一家は謎の行方不明を遂げた。

この時、坂本弁護士一家はオウムによって殺害されていた。

 

やがて、オウムは1994年6月に長野県松本市サリンを散布し、1995年3月に東京の地下鉄でサリン事件を起こした。

この間に至るまで、TBSは1989年に自社スタッフが行ったことについて一切を隠していた。

やがて、地下鉄サリン事件で逮捕されたオウム幹部から「TBSでビデオテープを見た」ことが明らかになったが、それでもTBSは半年にわたってそれを否定し続けた。

 

結局、供述公開の前日になってTBS磯崎社長は記者会見でこれを認め、その日平成8年(1996年)3月25日の『筑紫哲也NEWS23』において、筑紫哲也が「TBSは今日、死んだに等しいと思います」と言ったのである。

 

これが、「TBSビデオテープ事件」と呼ばれるものである。

 

誰もが、筑紫哲也氏は『NEWS23』を降板するものだ、と思っただろう。

しかし筑紫氏は2007年まで番組キャスターを勤めた。

そして、日本テレビが「TBSが放映前の坂本弁護士のインタビューテープをオウム幹部に見せた」と報道した時に、TBS社員のキャスター杉尾秀哉氏は『ニュースの森』においてこれを完全否定した。

後にこれを認めざるを得なくなったのだが、その杉尾氏は現在参議院議員である。

 

そして、今日私がこのブログを書いている6日(金)深夜の時点で、TBSは「オウム特番」を組んではいない。

ニュース23』も、今夜は「FIFAワールドカップ準々決勝」と「ハイライト」のために休みである。

明日以降、TBSがどのような番組対応するのかを注目している。

そして、その中でTBSがどのように自己批評するのかを見守りたい。

 

報道責任はTBSだけではない

オウム真理教事件の報道」については、TBSだけではなく日本のすべてのマスコミはその責任を「風化させてはいけない」のだ。

それは、1994年の「松本サリン事件」の際の報道である。

全国紙各紙、NHKをはじめとするテレビ各局、すべてのマスコミが「第一通報者の河野義行さん」を被疑者として報道した。

捜査当局の見立てに追随した「横並び記者クラブ報道」の結果である。

 

河野さんの名誉が回復されたのは、1995年3月の地下鉄サリン事件の後、捜査当局が松本サリン事件もオウムによる犯行だと断定してからである。

この間の事情を追った『ニュースがまちがった日~高校生が追った松本サリン事件報道』を読むと、日本のマスコミの病理がよくわかる。

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「マスメディアは他人の批判は得意だが、自分が批判されることにとても弱い」という、松本美須々ヶ丘高校の高校生たちの素直な問題意識がジャーナリズムの本質を明示してくれている。

 

日本のマスコミにとって必要なもの、それは「自己批評の能力」である。

オウム事件・7人死刑執行」のニュースに接して、この30年間で日本のマスコミがどれだけ進歩したか、そこに注目したいと私は思っている。