吉村誠ブログ「いとをかし」

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気持ちを落ち着かせるべく『68歳の新入社員』を見ました。

昨日18日に大阪では震度6という大きな地震があって、大変な一日でした。

死傷者を知らせるアナウンサーのことばを聞き、火災の映像や噴き出す水の映像を見ながら、なんとも言えない気持ちでした。

それは、私が、1995年1月17日に起きた「阪神淡路大震災」の時に、朝日放送Cスタジオからの震災報道中継の総括ディレクターを一週間にわたってやった体験につながるものだったからです。

で、きのうは、自分の気持ちを落ち着かせるべく、倒れて散らばった本類を片付け、夜にはニュースの合間にテレビドラマを見ました。

 そんな訳で、今日は「6月のテレビドラマ」についての感想です。

 

 フジ月9枠『68歳の新入社員』 6月18日午後9時~11時

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なんと言っても注目していたのは、岡田惠和の脚本でした。

設定が、高畑充希演じる若い女性上司と草刈正雄演じる68歳の再就職オッサンとの二人物語なので、誰しもナンシー・マイヤーズ脚本・監督のマイ・インターンを思い浮かべただろうと思います。

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が、そこはさすがNHK朝ドラ『ひよっこ』を書いた岡田惠和でした。

定年を迎えた「団塊の世代」の仕事観や家庭観と、若い世代の仕事観や恋愛観、という現代日本ならではの問題をしっかりと押さえていましたね。

笹野高史が演じる68歳の再就職オッサンが実は社長の隠密探偵であった、という面白スパイスを効かせて、予定調和ではありますが心地よい収束のさせ方でした。

視聴率は関東で7.6%、関西で9.1%。

決して高い数字ではありませんが、『68歳の新入社員』には、現代の日本社会をドラマという形式において捉えようとするテレビ制作者の心意気が感じられました。

こういうドラマをちゃんと社内で評価できるかどうか、という点にフジテレビの今後の再生がかかっている、と僕は見ています。

 

元・業界人として注目しているところ

と言うのは、元・業界人としてもう一つの注目すべき点が、このドラマがフジテレビ制作ではなく準キー局関西テレビ制作」だったということです。

関テレの局Pが萩原崇、制作プロダクションの共同テレビPが水野綾子

演出は共テレ河野圭太、ドラマ『古畑任三郎』や映画『椿山課長の七日間』を監督した演出家。

そうなんですね、月曜9時枠ということは、「月9」と呼ばれるフジテレビにとっての看板ドラマ枠なんです。

その枠で準キ―局の関西テレビが2時間ドラマを作った、ということが面白いのです。

しかも、テーマ設定と言い、高畑充希草刈正雄のキャスティングと言い、決して派手なものではありません。

でも実はそこが大事なのです。

 

フジドラマの表現思想はどこに?

前クールは、長澤まさみ東出昌大の『コンフィデンシャルSP』、前々クールは芳根京子で人気マンガ原作の『海月姫』。

この10年間のフジテレビのドラマは目先の視聴率を取るためにと、事前の派手な話題作りができそうな企画ばかりを並べて、売れっ子俳優のキャスティング優先策や人気の原作頼りで、ドラマの内容で勝負しようという作り手の表現思想性を感じさせるようなものがありませんでした。

そんな中には、地味ながらも時代を捉えようとした坂本祐二脚本のいつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまうのような秀作もあったのですが、目先の視聴率という営業・編成の論理に押されて、後続を産み出すことができないで迷走に戻ってしまったのです。

視聴者だけでなく、志ある脚本家や俳優たちが離れていった理由はここにあります。

 

今回の『68歳の新入社員』は、おそらく4月クールと7月クールの「月9」の狭間に成立した「単発2時間・関西テレビ制作ドラマ」だと推測しますが、低迷著しいフジテレビドラマの再生策のヒントを孕んでいる、と思います。

たかがテレビとは言え、その根底をなしているのはやはり作り手の「表現思想」の有無と僕は考えています。

 

NHK大河ドラマ『西郷どん』 6月3日奄美大島篇「別れの朝」

以前にも取り上げましたが、「表現思想」という点において、やはり大河ドラマは格段に優れています。

すでにお話は6月17日OA「寺田屋騒動」で、幕末の男たちのドラマへと動いていますが

ここでは、5月13日・第18話から6月3日・第21話まで4回にわたって描かれた「奄美大島篇」を取り上げます。

この4話は、近年のテレビドラマで稀に見るほどの秀逸な出来映えです。

薩摩藩の裕福な財政の背後には奄美大島への植民地的な圧政があった、という歴史的な背景をしっかりと描いていること。

島の生活を描くために、島の「生活ことば」をできるだけ忠実に再現し、視聴者にわかりにくいと思われるセリフは現代共通語の字幕スーパーで表示したこと。

柄本明二階堂ふみ、らの俳優陣が「島の生活ことば」を実によく修練して演技していること。

 

何度見ても泣ける二階堂ふみの演技 

なかでも、西郷の妻の愛加那を演じる二階堂ふみは、素晴らしい演技!です。

6月3日放送の「別れの朝」で、薩摩への帰藩命令が出た西郷吉之助との離別のシーン。

吉之助「愛加那、おまえに話しがある」

愛加那「うん、わかりおした」

吉之助「まだ、なんも話しちょらん」

愛加那「ずっと前からわかってるさぁ。薩摩に帰るんだね」

吉之助「じゃっどん、必ず戻ってくる」

   「おいの役目が終わったら、おはんと菊次郎とその子のために戻ってくる」

 

愛加那――ゆっくりと島唄を歌い始める――

   「果報(かふ)なくとぅ あらしたぼれ」(幸せなことがあるように)

   「汝(な)きゃが先々」(あなたの未来に)

 

奄美大島の抜けるように美しい海に腰までつかりながら、吉之助に抱きついて、身体の奥から絞り出すように島唄を歌い続ける愛加那。

 

そして、3年の暮らしの後に薩摩に帰って行った西郷吉之助への想いを振り切るように、

「みんなぁー、あと、しゅーうきばりしゃぁ!」(もうひとがんばりだよぉー)

と、幼い菊次郎を背に抱いて、サトウキビ刈りの皆に大きく声を掛ける愛加那。

 

林真理子が降ってきた

なるほど、やっとわかった、と僕は思いました。

司馬遼太郎はじめ、多くの先人たちが既に描いた「幕末の偉人・西郷隆盛」という人物を、なぜ林真理子が、今、改めて描いたのか、がです。

林真理子は、きっと、この愛加那という女性の視点を得たことにより、林真理子ならではの「西郷どん」を観たのだ、と思います。

その意味で、愛加那こそが「林真理子の西郷どん」の主人公なのだ、と。

そして、原作者・林真理子と脚本家・中園ミホの期待を裏切ることなく、二階堂ふみは見事に「愛加那――愛しい女性」を演じたのです。

 

昨日、18日の大阪の地震で僕の本棚からはたくさんの本が散らばりました。

そして、それらの本を片付けている中に、なんと『ルンルンを買っておうちに帰ろう』があったのです。

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林真理子のデビュー作エッセイです。1982年(昭和57年)11月刊行。

とても単なる偶然とは思えませんでした。

「まえがき」には、これまでの女が描かなかった「ヒガミ・ネタミ・ソネミ」の視点から、「とにかく今まで女の人が絶対に書かなかったような本を書く」という、若き林真理子の意気込みが溢れていました。

もう一度、最初から読み直してみよう、と思います。