芥川賞発表と、今期のテレビドラマの「ことば」
昨日、第157回芥川賞が発表されました。吉村がイチ押ししていた『おらおらでひとりいぐも』が見事受賞。よかったですねぇ、若竹千佐子さん、おめでとうございます。
方言は好き?嫌い?
で、「63歳の新人」と言うことで、早速テレビメディアでは大きく扱っていたのですが、その扱い方に首を傾げる箇所が幾つか。
テレビ朝日「報道ステーション」では、富川アナが生インタビューで若竹さんに「遠野弁がお好きなんですね?」と質問。
いや、違うでしょ。
「方言」は、好きとか嫌いとか言う次元の問題じゃないんですよね。
人間存在の原点としての「ことば」の問題です。
少なくとも、若竹千佐子さんはこの小説を通して、「おら」と「わたし」との乖離に象徴されている2018年の日本社会の在り様と我が人生の在り方を問うているんですよね。
無頓着に「アナウンサー標準語」を使ってビジネスしている人には、この「ことばと生活」の問題はわからないんだろうなぁ、と苦笑してしまいました。
更に、フジテレビ「ニュース+α」では、ナレーション原稿を読んでいるアナウンサーのイントネーションが、「オラオラでひとりいぐも」と発音されていて爆笑してしまいました。
そりゃないでしょ。
読んでいておかしいと思わないんでしょうかね、担当ディレクターも聞いていて何か変だと思わないんでしょうかねぇ。もう少し勉強しましょうよ、「ことば」について。
いずれにしても、これで選考委員各氏の選評を読むのが楽しみです。
小説を読むのも楽しいのですが、芥川賞や直木賞は選考委員を勤めている作家諸氏の選評を読むのがもう一つの楽しみなんですよね。
今期期待のドラマは『女子的生活』
さて、今日の話題は1月スタートのテレビドラマについて、です。
各局とも今期クールのドラマが出そろいましたね。
趣味と興味から、僕は、各局のドラマのスタート1回目か2回目をOAか録画かで見ます。
そこで面白そうならば、そのドラマは続けて見ますし、ダメと思えば打ち切りします。
で、今期最も期待していたのが、NHK・金曜10時『女子的生活』なんです。
まず、設定がオモシロイ。
志尊淳が演じる主人公・小川みき、は性別は男性なんだけど女装していて内面は女性というトランスジェンダー。しかも恋愛対象は女性。この複雑な人柄をどう演じるか。
しかも、ドラマが展開される場所は神戸のファッション会社。
制作はNHK大阪(業界ではBKと言います)、制作統括は、朝ドラ『べっぴんさん』を作った三鬼一希さん。
どれだけリアルな生活感の中で、複雑な「性別違和」を描き出してくれるだろうか、と。
ここは東京?それとも神戸?
残念!でした、今のところですが。
女性そのものに見える志尊淳の立ち居ふるまいは綺麗だし、「ほっこり系」で男を惹きつける小芝風花も魅力的だし、間に挟まれる「LINE的吹き出し」による女性心理の描写もとてもよくわかるのです。
が、もっとも肝心な台詞がすべて「東京標準語」なんですよね。
それは「ありえへん!」でしょう。
神戸に住んで暮らしている人間が日常会話で、「だってさぁ」とか「男って面白いじゃん」とか「そんなわけないでしょ」とか語頭アクセントで言わへんでしょう。
原作は確か東京が舞台だったと思うのですが、それをわざわざ神戸に移した意味はどこにいったのでしょうか。
それらしき「生活ことば」をしゃべるのは、三宮の高架下商店街とおぼしき所にあるコロッケ屋さんの夫婦だけ。「いっつもきれいやなぁ、お姉ちゃん、まけとくわ」とかね。
時々映るポートタワーや、港の風景だけがここが神戸であることを示しています。
まさしく借り物の風景、神戸は「借景」に過ぎません。
港と街路のロングショット以外は、どう見てもこれは東京のビジネス街で展開されているドラマです。
リアリティはことばから生まれる
「日本のドラマにはリアリティがない。だからつまらない。日本人は2年間、テレビドラマを作るのを止めて海外ドラマを見て勉強する方がよい」と言ったのは、デーブ・スペクター氏ですが、リアリティの根本は「台詞」にあります。
とても挑戦的で斬新な設定のドラマだけに、「台詞」の標準語主義が残念です。
とは言いながら、次回の3話目には主人公・小川みきの出自や過去が語られるそうなのでそこで「生活ことば」が出てくるかどうかを期待しています。
ところで、このNHKの金曜10時枠は、今、日本のテレビドラマ界で注目すべき新しいことにどんどん挑戦しており、高く評価すべきだと僕は思っています。
昨秋には、NHK名古屋(CK)の制作で『マチ工場のオンナ』というドラマを作りました。
名古屋郊外を舞台にして、父親の残した町工場を引き継いで女社長になる専業主婦を内山理名が演じたドラマです。
これも惜しむらくは、「台詞」が「東京標準語」であったために「名古屋郊外で暮らす人たち」のリアリティを充分に出すには至りませんでした。
が、このように「東京以外」で暮らしている現代日本人をドラマで描こうとしている制作者の努力はいつか実を結ぶ時が来るだろう、と僕は考えています。
「台詞」のリアリティに最も注意と努力を払っているのは、やはりNHK「大河ドラマ」の『西郷どん(せごどん)』です。
時代物だからでもあるのですが、登場人物ひとり一人の話す「ことば」は見事に考証されており、鈴木亮平演じる西郷吉之助はじめ、若者から老人や子役に至るまでが「薩摩の生活ことば」を身に付けて演じているからこその見ごたえです。
さて、民放各局のドラマは相変わらず無邪気な「東京標準語ドラマ」が並んでいます。
で、今のところ全てを見ているわけではありませんが、幾つかについて。
民放ドラマ評――やっぱり標準語主義
TBS・日曜9時『99.9』
松潤の主演する弁護士ドラマ。今シリーズも脇には香川照之、そして女性は木村文乃。
アリバイ崩しなどの謎解きは面白く、法廷での逆転劇は痛快でした。
が、良く考えると無理なアリバイを作ってまで殺人を犯す動機も必然性もゼロ。
そしてもちろんのこと、展開されるドラマ内のセリフはすべてが「東京標準語」。
NTV・土曜10時『もみ消して冬』
山田涼介の主演。脇に波瑠と小沢征悦。
兄が天才外科医で、姉が敏腕弁護士で、本人はキャリア警察官、ですって。
もちろんドラマ内のセリフはすべてが「東京標準語」。
生活感の伴わないセリフで成立するのは、せいぜい薄っぺらいコメディードラマです。
フジテレビ・月曜9時『海月姫』
芳根京子の主演に、女装の瀬戸康史が織りなすライトコメディ。いわゆる「フジの月9」。
セリフは基本的には「東京標準語」ですが、主人公は地方出身者なので時々言いわけのように「訛りのあることば」が使われています。
「もう来んでください、おどろしかぁ、東京には男のお姫さまがいます」
無理に挿入した「訛りことば」は、笑いの要素ではあっても、ドラマのリアリティを担保するものではありません。
フジテレビ系・火曜9時『FINAL CUT』
テレビのワイドショーの歪んだ報道のせいで自殺した母親のために復讐する主人公、を亀梨和也が演じます。
制作はKTVカンテレで、刺激的なストーリイです。
ここで余談を一つ。
東京キー局が制作するドラマに比べて、関西局が制作するドラマの方が挑戦的な内容のものが多いです。その理由は、東京キー局が潤沢な制作予算を持っている上に、人気の高い俳優のキャスティングに優位な力を持っているからで、関西局のテレビマンたちはそのビハインドを乗り越えるために「企画と脚本」で俳優事務所を口説かざるを得ないからです。
週刊誌報道に復讐すると言う内容の『ブラックリベンジ』もYTV読売テレビの制作でした。
テレビドラマを見る時は、どの局が制作しているのかを知っておくのも判断材料の一つです。
さて、こうやって見てくると、総じて日本のテレビドラマの中の「ことば」は「弱い標準語」の不自然な台詞に溢れており、お笑い芸人たちの「強い生活ことば」にはまだまだ勝てていない、と僕はしみじみ思うのです。
『おらおらでひとりいぐも』ではありませんが、標準化された「わたし」のような「ことば」ではなく、身体性と土着性に基づいた「おら」のように強い「ことば」で生活や出来事を描くドラマが現れることを僕は待っています。