吉村誠ブログ「いとをかし」

元朝日放送プロデューサーで元宝塚芸術大学教授の吉村が、いろいろ書きます。

日本のテレビメディアのあり方を批評する

新聞の書評欄や文化面で取り上げられて気になった本があると、その新聞記事を切リ抜いてストックしておく癖があります。

決して、その全部を読み切ることはできなくて、多くはストックファイルの中で眠ったままになるのですが。

 

で、そのファイルの中にあった気になる本の一つが、谷口功一・首都大学東京教授の手になる『日本の夜の公共圏』でした。

これは、10月12日(木)の読売新聞の文化面で紹介されていた本で、何と「スナック」について初めて学術的に研究した本!だと言うので、「スナック」好きな僕としては、絶対に買って読もう、と思ってたのです。

しかも、「スナック」には、インフォーマルなコミュニティーを形成する「地域の夜の公民館」としての機能がある、なんてとても優れた解析ではありませんか。

 

そんな時に、谷口さんの「テレビ取材への苦言」というブログを読みました。

snacken.hatenablog.com

NHKの「クローズアップ現代+」担当ディレクター氏からの取材依頼文の非礼さ、及び過去にもあったテレビ制作者からの非常識な取材依頼の態度について、谷口さんが怒ると言うより呆れているご様子がよくわかりました。

 

で、テレビのディレクター・プロデューサーを34年間やった後に大学教員となった僕としては、ここは一言書いておきたい、と思いパソコンに向かっています。

 

結論から言うと、谷口さんのおっしゃるとおり、です。

日本のテレビマンの多くは、「勘違い」をしています。

テレビ制作者の椅子に座っただけで、自分が「偉い」と思っているから、取材相手や出演者に対して傲慢無礼な態度を平気で取るようになってしまうのです。

この「勘違い」を産み出す理由は二つある、と僕は考えています。

 

一つは、谷口さんもおっしゃっているように、「テレビ自身が強大な社会的権力であること」を、テレビマンが自覚していない点です。

これは、政治・経済を扱うジャーナリズム担当者だけではなく、娯楽・情報を扱うエンターテイメント担当者にも当てはまる傲慢さです。

「テレビ局が聞いてるんだから」とか「テレビに出してやるんだから」と言った思い上がりは、テレビ局の社員を筆頭に制作会社のプロダクションディレクターにまで蔓延しています。

 

そして、もう一つは、先の「テレビが強大な社会的権力」たりえている根本にある事柄で、「電波は国民共有の財産であり、テレビ局とは電波の運用を国民から負託されている免許事業者である」ことをテレビ局経営者がきちんと認識していない点です。

 

本来なら、テレビ局の新入社員教育はまずこの第一歩から教えるべきだと僕は思うのです。

「私たちは、国民共有の財産である電波を使うことを許された特権者なのです。

 だからこそ視聴者に大きな影響力を与えることができると同時に、大きな責任と義務を背負っていることを自覚してください」と。

 

ところが、このような基礎教育をやっているテレビ局なんてありません。

それどころか、私企業としての営利追求を社是として「視聴率獲得・営業売上アップ」のみを社員にいつも呼び掛けています。

その端的な例が、自社が出資制作した映画が公開される時には、朝から晩まで出演俳優が各番組にゲストとして出まくる、というもの。

自社が関わっているイベント事業なら、まるで重大な社会的事件でもあるかのようにニュース番組でもことさら大きく取り上げます。その会場に行ってみたら、なんのことはない、そのテレビ局の幟ばかりだったというのはよくある話です。

こういう放送を平気でやっている経営者の下で働いているテレビマンには、「権力者としての自覚なんか産まれようがないんですよね。残念なことながら。

「電波の公共性」は、NHKだけでなく民放にもあてはまるはずなのに、です。

 

「権力は密の味、マスコミ権力は極上の蜜の味」と言ったのは、『メディアの支配者』の中川一徳さんだったと思うのですが。

 

テレビの世界から「公器」という言葉が消えて久しいです。

テレビ局の廊下には、「祝・視聴率三冠王」とか「祝・視聴率15%超」とかの貼り紙が溢れています。

このような私企業としての利益追求に邁進する経営姿勢が、現場のテレビマンたちの精神的腐敗を産んでいるのだと僕は考えています。

日本のテレビマンたちの「勘違い」は一人一人の意識の問題もあるのですが、それ以上に日本のテレビの企業構造の問題が大きく横たわっている、と僕は認識しています。

 

とは言いながら、谷口先生、そして「スナック研究会」ブログの読者のみなさん、

テレビのディレクターやプロデューサーの中にも謙虚で真面目な人間も少なからず居るということをお知りおきいただければ幸いです。

 

そして、当該の「クローズアップ現代+」のディレクターさん、

NHKの社員ディレクターさんなのか、NHKエンタープライズなどの関連会社ディレクターさんなのかはわかりませんが、少なくともNHKは民放のディレクターや民間の下請け制作会社のディレクターに比べれば、はるかに制作時間に余裕もあるし、視聴率獲得の縛りも少ないはずですよね。

是非、今夜は「場末のスナック」に行って、「あまり美味しくないおつまみ」でも食べながら、聴き上手なママさんを相手にグチをこぼしてください。

社会的な肩書など通用しない空間で、矢沢永吉なりAKB48なりを思いっきり歌ってください。

なにはともあれ、表現者たる者、研究者がたくさんの時間とエネルギーを使って得た成果を安易に拝借するのではなく、自らが取材テーマに時間とエネルギーを費やすべきでしょう。

あなた自身が「スナック」を何度も体験して、「スナックとは何か」を考えるところから始めましょうよ。

 

僕たちが『日本の夜の公共圏』から学ぶべきは、「新進気鋭の実業家やクリエイター達のビジネスヒント」などではなくて、僕たち自身の日々の暮らしに関わる「規模の大小を問わない【新しい公共性】を考えること」と、それを支える「水商売の人たちの【地道コミュニケーションの努力】について知ること」なんだ、と僕は思うのです。