吉村誠ブログ「いとをかし」

元朝日放送プロデューサーで元宝塚芸術大学教授の吉村が、いろいろ書きます。

2017年・テレビドラマ総括 最優秀作品はNHK『ひよっこ』

11月の末で、少々気が早いのですが、僕なりの2017年テレビドラマの「評価まとめ」をしておきたいと思います。

 

と言うのも、気になっているドラマの初回スタートを見届けたので。

この秋冬ドラマで僕が最も期待していたのは、実はNHKの金曜夜10時『マチ工場のオンナ』だったのです。

まぁ、なんと地味な選択!と、お思いでしょうがこれにはちゃんとした理由があるのです。

 

名古屋の生活をもっと見たかったのに……

11月24日(金)夜・午後10時にスタートした『マチ工場のオンナ』は、久しぶりにCK、つまりNHK名古屋放送局が制作するドラマなんです。

テレビ業界では、NHKの東京をAK、大阪をBK、名古屋をCKと呼びます。

それぞれJOAK・JOBK・JOCKというコールサインの略称ですね。

 

で、久しぶりのCK制作のドラマで、名古屋近郊の町工場を舞台にするというので、「生活感」あふれるドラマかなぁ、と期待してたんです。が、残念!

内山理名はじめ登場人物たちは、とても名古屋近郊で暮らしている人たちとは思えない「きれいな標準語」でしゃべってました。

父親役の館ひろしが「何するんだ、このタワケ」という単語だけがかろうじて名古屋ことばで、古参従業員の竹中直人柳沢慎吾にいたってはまるで東京下町の職人みたいなアクセントとイントネーションでしゃべってました。

「生活感のないことば」で「生活」は描けない!簡単な理屈だと思うんですがねぇ。

 

NHKに限らずですが、東京に在るテレビ局で、東京に住んでいるディレクターがドラマを作ると、ほぼ間違いなくそのドラマの中で出演者が話すセリフは「標準語」です。

――ドラマで話す「ことば」は標準語でなければならない――

なんて、いったい誰が何時決めたんでしょうか?

この「ドラマの標準語主義」が、日本のテレビドラマを面白くなくしている最大の理由だ、と僕は思っています。

 

「標準語」って、いわば「産業社会のためのビジネス日本語」なので、政治や経済の情報を伝達したり、オフィスで会議したりする場のための「ことば」としては良いのですが、家族や親しい友だちと誰もあんな「ことば」ではしゃべらないでしょ。

「標準語の台詞」には、「生活」のリアリティが無い!

ということに、どうしてテレビの演出家たちは気が付かないんでしょうか。

それだけ彼らが、「ことば」に関して無思慮、鈍感、だからと言っていいでしょう。

 

「日本のテレビドラマはひどすぎる。キャスティング先行で作るから。

 リアリティの無さ、演技レベルのひどさは先進国の中でぶっちぎり。

 日本のテレビは2年間ドラマ制作をやめて勉強し直したほうがいい。」

と言っているのは、かのデーブ・スペクターです。(「新潮45」9月号)

 

ドラマ寸評

さて、めぼしいドラマの寸評をしてみましょう。

TBS・日曜夜9時 日曜劇場陸王

確か、ドラマの舞台は埼玉県行田市のはずで、足袋製造会社「こはぜ屋」の四代目社長の宮沢紘一(役所広司)は地元で生まれ育ったに違いないんです。20名の従業員たちも地元で産まれて暮らしている人たちのはず。行田って群馬県境すぐ近く。

なのに、話されている「ことば」は、なぜか「標準語」なんですよね。

「こはぜ屋」はどう見ても東京都内にある、としか思えないんです。

ところが、地銀である「埼玉中央銀行」のお偉いさんを演じている桂雀々だけは関西弁。

どうなってんですかね。

 

フジテレビ・月9ドラマ民衆の敵~世の中おかしくないですか?』

篠原涼子演じる、40歳の主婦が「あおば市の市会議員」になって世の中に異議申し立てをするという話。

もちろん出演者は全員が「標準語」でしゃべります。

夫婦の失職がきっかけなのですが、生活が本当に立ちゆかなくなったら「栃木に帰ろう」との台詞が出てくるからには、彼女は栃木生まれなんでしょうか?

子役までが家庭の中で無理して「きれいな標準語」でしゃべるシーンに出会うとホントに興ざめです。

「このドラマの登場人物たち、おかしくないですか?」

 

日本テレビ・土曜10時『先に生まれただけの僕』

主演は櫻井翔

蒼井優多部未華子井川遥、など共演女優は本来演技のうまい人たちなんですが。

まぁ、主役がアイドルのドラマは「アイドル標準語」しか無理ですよね。

 

フジテレビ・木曜10時『刑事ゆがみ』

主演は浅野忠信神木隆之介

芝居巧者の二人がとても幼稚な大人にしか見えません。

 

TBS・火曜10時監獄のお姫さま

 小泉今日子菅野美穂満島ひかり夏帆・坂井真紀、と、それぞれが主役を張れそうなクラスの無駄に豪華な女優陣が全く生活感のないセリフでしゃべります。キャスティング先行ドラマの典型。

脚本・宮藤官九郎でもスベる時はある。

 

不思議な「科捜研の女

それにしても、テレビ朝日科捜研の女はいつ見ても不思議です。

「被害者を殺そうと、犯人が持ち込んだ、ってこと?」

沢口靖子内藤剛志も、京都の鴨川のほとりを歩きながらずっと「標準語」でしゃべるんです。「おい、何か言いたそうな顔してるぞ」「うん、でも根拠のない話だから」

マリコ京都府警の科捜研でしょ、事件は京都で起きてるんじゃなかったんですか?

 

ことば以外のリアリティ

いや、テレビドラマは「生活のリアリティ」なんかは求めてはいないんだ!と開き直る演出家も居るかも知れませんね。

そうですね、逆に「生活のリアリティ」を捨てて、他の構成要素のリアリティを固めて成功しているのが、

テレビ朝日・木曜9時『ドクターX』でしょう。

「私、失敗しませんので」の米倉涼子演じる大門未知子が見ごたえあるのは、医学や医療界や大学界のディテイルがしっかりと押さえられているからです。

大門未知子からは病院以外の「生活」は捨象されています。

 

ひよっこ』――リアリティのあることば

で、で、今年のテレビドラマの中で、最も「生活のリアリティ」に気を配り、出演者の話すセリフを「生活ことば」で綴ったドラマ、それはNHK朝ドラひよっこです!

 

脚本家・岡田恵和は、奥茨城で生まれ育った矢田部みね子(有村架純)と彼女を取り巻く家族や友人たちの「生活」を、活き活きとした「生活ことば」で綴りました。

 

集団就職で東京墨田区向島にある「向島電機・乙女寮」に集った、みね子たち若い女の子が車座になって話すシーン。(5月2日・放送)

「んだよね」(茨城ことば)

「んだべぇ」(福島ことば)

「んだすなぁ」(青森ことば)

「んだんだ」(秋田ことば)

「んだゎ」(山形ことば)

短い台詞のやりとりに、彼女たち一人一人が背負っている故郷と家族と人生が立ち現われています。

それぞれの人生が訛っているように、「生活ことば」はそれぞれ訛っているのです。

それは決して「方言」の問題ではありません。

 

 

ひよっこ』ベストシーン

「生活」と「ことば」の関係を最も優れて描き出したシーンは、4月14日の放送分です。

東京に出稼ぎに行った父・実が行方不明になったのを、母・美代子が東京・赤阪の警察署に出向いて捜索願いを頼むシーンでした。

 

警察官が言います。

「でもね奥さん、見つかると思わない方がいいよ。

 出稼ぎで東京に来て、しんどくてどこかに消えてゆく失踪者がくさるほどいるんですよ」

「本当にね、茨城(いばらぎ)から来て、御苦労なんだけど」

 

この後の台詞です。

美代子(木村佳乃)

――少し、間があって――「いばら、キ、です」

――涙を流しながら ――「いばらギ、じゃなくて、いばら、キ、です」

 

――キッ、と顔を上げて警察官を見て――「やたべ、みのる、と言います」

「私は、わたしは、出稼ぎ労働者をひとり探してくれと頼んでいるのではありません」

「ちゃんと、名前があります。

 茨城(いばらき)の奥茨城村で生まれ育った、矢田部実(やたべみのる)という人間

 を探してください、と、お願いしているのです」

 

――力強く――「ちゃんと、ちゃんと、名前があります!」

――椅子から立ち上がって――「お願いします」

 

奥茨城の農村に生まれ育った一人の女として、人生の全ての誇りと存在をかけて見知らぬ警察官に懇願する矢田部美代子。

その美代子を、見事な奥茨城訛りのアクセントとイントネーションで演じた木村佳乃

 

岡田恵和、会心の台詞!

木村佳乃、渾身の演技!

 

このシーンに、2017年最優秀ドラマ賞をあげたい、と僕は思うのです。

 

テレビドラマでも、ちゃんと「生活」は描けるのです。